(このストーリーは約1分ほどで読めます)

 

Episode 2.
「コンプレックス症候群」

――

――――

――――――

前髪を切った。

目にかかるのが嫌だったから。別に色めいた理由じゃない。

パチパチパチとハサミを動かして、鏡とにらめっこ。

人間は本質的に平等らしいけど、私の生きる社会は不平等だ。

――好きな髪型にすればいいじゃん! 似合うよ!

頭の中に響く脳天気な声は、無邪気に嘘をつく。

鵜呑みにして流行に乗ろうものなら、四方(よも)から嘲笑(ちょうしょう)と罵詈雑言(ばりぞうごん)が飛んでくる。

「その顔で?」

人の自信を根こそぎ奪っていくのは、いつだって軽はずみな言葉だ。

こんな言葉、なくなっちゃえばいいのに。

髪を揺らして準備完了。仕上がりは相も変わらず残念。

そんなことはとっくに知ってる。別に傷つきもしない。

逆さ吊りのてるてる坊主にキスをして、今日も行ってきます。

――――――

――――

――

「いいよなぁ、俺も三大美女と行きてぇよ」

ムダに大きな声がクラス中に響く。

三大美女?

まるでこの学校に3人しか女子がいないみたいな口ぶり。

「ねぇねぇ、今日どうする? 現地集合っ!?」

脳天気な声がやってきた。

ねぇ、三大美女。

可愛いあなたにも、悩みなんてあるのかな?

週末の今日、クラスの男女で隣町の夏祭りに行くことになった。

中心はもちろん彼女。私はただ誘われただけ。

男子連中のお目当てはいわずもがな。

そもそも私に拒否権なんてなかった。

断る文句を考えるのが面倒で、流されることを選んだだけ。

――きっと楽しいよ! 私も行くし、ひとりぼっちじゃないし!

底抜けに無邪気な言葉が殴りかかってくる。

そのたびに私は息ができなくなるんだ。

あなたと行くのが嫌なわけじゃない。

あなたといて、笑われるのが嫌なの。

それをあなたに分かってもらえないのが、何より辛いの。

あなたはきっとおめかししていくんだよね?

おしゃれな髪に簪(かんざし)を挿して、彩り鮮やかな浴衣を着て、何ならちょっぴりメイクもしちゃって。

男女一緒にわいわい騒いで、太陽みたいに笑って、楽しい思い出を作る。

私なんかは、そんな風には笑えないよ。

「楽しみだね~!」

楽しめるよ。

みんな、あなたと回るのを楽しみにしてるんだから。

浴衣が似合って、笑顔が可愛いあなたと一緒にいたいんだから。

私が楽しみなのは、べたつくこの湿った空気だけ。

不機嫌な雲が空に踊ってる。

ああ、放課後が本当に楽しみだ。

雨は何よりも言い訳になってくれるから。

――――――

――――

――

雨雲はどこかにいってしまった。夕日がギラギラと眩しい。

暗澹(あんたん)たる気持ちで家を出る私を、ゴミ箱からてるてる坊主が見送る。

くすんだお下がりの浴衣。古ぼけた巾着袋。

鼻緒(はなお)の痛みに眉をしかめつつ、まだ湿っている地面を歩いた。

駅に着いて、切符を買う。

座り心地の悪い椅子で我慢しながら、定刻を待った。

もし、違う人間になれたら。

もし、あなたみたいになれたら。

もし、こんな顔じゃなかったら。

手から切符がするりと抜け落ちて、券売機へ走った。

もっと綺麗な私でいれたのかな。

もっと綺麗な心でいれたのかな。

もっと綺麗な笑顔でいれたのかな。

ありもしない仮定に苦笑して、電車に乗り込んだ。

電車が動き出す。

待ち合わせ場所とは真逆の方向に。

心が軽くなったついでに、スマホの電源を切った。

ぼんやりと窓の外を眺めながら、ただ思う。

雨が降ればよかったのに。

――――――

――――

――

vocal…葉露
music…biz & 雪月
illustration…のう
story…潜
movie…真霜

《Youtube》
https://youtu.be/6vw9dhH-AJM

《Spotifyなど各種配信サイト》
https://linkco.re/FP2VYTDY?lang=ja

 

 

 

 

 

 

 

 


(このストーリーは約1分ほどで読めます)

 

Episode 2.
「コンプレックス症候群」

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前髪を切った。

目にかかるのが嫌だったから。別に色めいた理由じゃない。

パチパチパチとハサミを動かして、鏡とにらめっこ。

人間は本質的に平等らしいけど、私の生きる社会は不平等だ。

――好きな髪型にすればいいじゃん! 似合うよ!

頭の中に響く脳天気な声は、無邪気に嘘をつく。

鵜呑みにして流行に乗ろうものなら、四方から嘲笑(ちょうしょう)と罵詈雑言(ばりぞうごん)が飛んでくる。

「その顔で?」

人の自信を根こそぎ奪っていくのは、いつだって軽はずみな言葉だ。

こんな言葉、なくなっちゃえばいいのに。

髪を揺らして準備完了。仕上がりは相も変わらず残念。

そんなことはとっくに知ってる。別に傷つきもしない。

逆さ吊りのてるてる坊主にキスをして、今日も行ってきます。

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「いいよなぁ、俺も三大美女と行きてぇよ」

ムダに大きな声がクラス中に響く。

三大美女?

まるでこの学校に3人しか女子がいないみたいな口ぶり。

「ねぇねぇ、今日どうする? 現地集合っ!?」

脳天気な声がやってきた。

ねぇ、三大美女。

可愛いあなたにも、悩みなんてあるのかな?

週末の今日、クラスの男女で隣町の夏祭りに行くことになった。

中心はもちろん彼女。私はただ誘われただけ。

男子連中のお目当てはいわずもがな。

そもそも私に拒否権なんてなかった。

断る文句を考えるのが面倒で、流されることを選んだだけ。

――きっと楽しいよ! 私も行くし、ひとりぼっちじゃないし!

底抜けに無邪気な言葉が殴りかかってくる。

そのたびに私は息ができなくなるんだ。

あなたと行くのが嫌なわけじゃない。

あなたといて、笑われるのが嫌なの。

それをあなたに分かってもらえないのが、何より辛いの。

あなたはきっとおめかししていくんだよね?

おしゃれな髪に簪(かんざし)を挿して、彩り鮮やかな浴衣を着て、何ならちょっぴりメイクもしちゃって。

男女一緒にわいわい騒いで、太陽みたいに笑って、楽しい思い出を作る。

私なんかは、そんな風には笑えないよ。

「楽しみだね~!」

楽しめるよ。

みんな、あなたと回るのを楽しみにしてるんだから。

浴衣が似合って、笑顔が可愛いあなたと一緒にいたいんだから。

私が楽しみなのは、べたつくこの湿った空気だけ。

不機嫌な雲が空に踊ってる。

ああ、放課後が本当に楽しみだ。

雨は何よりも言い訳になってくれるから。

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雨雲はどこかにいってしまった。夕日がギラギラと眩しい。

暗澹(あんたんたる)気持ちで家を出る私を、ゴミ箱からてるてる坊主が見送る。

くすんだお下がりの浴衣。古ぼけた巾着袋。

鼻緒(はなお)の痛みに眉をしかめつつ、まだ湿っている地面を歩いた。

駅に着いて、切符を買う。

座り心地の悪い椅子で我慢しながら、定刻を待った。

もし、違う人間になれたら。

もし、あなたみたいになれたら。

もし、こんな顔じゃなかったら。

手から切符がするりと抜け落ちて、券売機へ走った。

もっと綺麗な私でいれたのかな。

もっと綺麗な心でいれたのかな。

もっと綺麗な笑顔でいれたのかな。

ありもしない仮定に苦笑して、電車に乗り込んだ。

電車が動き出す。

待ち合わせ場所とは真逆の方向に。

心が軽くなったついでに、スマホの電源を切った。

ぼんやりと窓の外を眺めながら、ただ思う。

雨が降ればよかったのに。

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vocal…葉露
music…biz & 雪月
illustration…のう
story…潜
movie…真霜

《Youtube》
https://youtu.be/6vw9dhH-AJM

《Spotifyなど各種配信サイト》
https://linkco.re/FP2VYTDY?lang=ja