3rd short story「わたしごっこ」
Episode 3.
「わたしごっこ」
――
――――
――――――
オレンジ色に染まったソーダアイスがパキッと割れた。
『あたしの前では無理しなくていいよ。そういうの苦手だし』
夕暮れ時の帰り道。
あの子はぶっきらぼうに言いながら、アイスを差し出してくれた。
驚いてじっと見つめると、気恥ずかしそうに視線を逃す。
凛々しくて、落ち着いてて、かっこいい子。
たとえ世界中が敵だとしても、あの子さえ味方ならいい。
そう思えるくらいに、大切な存在だった。
『……これ、あんたにしか言ってないんだからね』
あの日、耳まで真っ赤にして教えてくれた、とっておきの秘密。
誰かに言うわけない。言えるわけなんかない。
この嬉しさを、裏切ることなんてできない。
——じゃあ、ずっと一緒だね!
そう言った時のあの子の表情は、一生忘れられないだろう。
友情は目に見えないと思う。
でも、あの子からの気持ちだけは目に見えた気がした。
昼休み。
行き場がなくて、トイレに逃げ込む。
窒息しそうな学校で唯一息ができる、私が好きな場所。
古びた木の扉が軋む。誰かが入ってきたらしい。
「そうそう、いい加減しんどいって言うかさ」
あの子の声だった。
「なんか友達いなそうだしさ、ちょっと絡んでやったの。そしたらベタベタくっついてくるわけ。引き離すのも感じ悪いじゃん? だから適当に相手してやってるんだけど」
「え、親友になってあげたら?」
「無理無理、あんなめんどくさいの。あんたに譲るよ」
「無理無理無理! 引き続き、お世話役をお願いしまーす」
人を馬鹿にした笑い声を垂れ流して、ふたりはどこかに行ってしまった。
その余韻が、まだ、心臓をぎゅっと鷲掴みにする。
火照った顔をくしゃくしゃにして、スマホを取り出す。
“仕方なく”入れてもらったグループラインを開き、テキストボックスにあの“秘密”を打ち込んだ。
指先が震える。呼吸を整えて、送信ボタンを——、
『あんたにしか言ってないんだからね』
思い出して、だらりと腕が下がった。
鼻の奥がつんとする。
唇を噛み締めて、削除ボタンを連打した。
ボタンをひとつ押すたびに、歯が食い込んで痛かった。
涙が頬を伝うのは、きっとそのせいだろう。
奇しくも、あの日と同じような夕暮れだった。
あの子は目元の腫れにも気づかずに、「一緒に帰ろ」って誘ってくれた。
私なんかに断る権利はなかった。
「夏も終わりだね。今年はなんもできなかったし、来年はもっと遊ぼうよ」
私を詰ったその口で、わたしとの友情を語る。
その演技が滑稽で、彼女を許せなくて、悲しみが広がって、私は黙り込んでしまった。
「どしたの? なんかあった?」
カッと胸が熱くなった。
その間抜け面に言ってやりたい。
「全部聞いてたよ」って。
このドロドロした気持ちを全部ぶつけてやりたい。
やっぱりあの秘密もバラしてやりたい。
ひとりになったって構うもんか。もともと独りだったんだ。
全部、最初から友達ごっこだったんだから。
好きな気持ちと嫌いな気持ち。
愛憎入り混じって、ぐちゃぐちゃする感情。
結局私は、あの子をじっと見つめることしかできなかった。
「あたしたち、ずっと一緒でしょ?」
ニカッと笑って、片割れのアイスを差し出された。
これは、罠だ。
甘くて、小狡くて、残酷な罠だ。
そんなこと知ってるのに、わかってるのに、でも手が伸びてしまう。
同時にふたつは持てない。
片方が欲しいなら、もう片方は捨てなきゃ。
だからわたしは、私を手放した。
——ううん、ちょっと疲れてただけ!
きっと“わたし”なら、こうやって誤魔化すよね。
ああ、そっか。
だから、やっと、笑えたんだね。
これからは、わたしごっこだ。
口に含んだアイスはいつもよりしょっぱく感じた。
――――――
――――
――
vocal…葉露
music…biz & 雪月
illustration…なかば
story…潜
movie…真霜
《Youtube》
https://youtu.be/aNhMMQKVL24
《Spotifyなど各種配信サイト》
https://linkco.re/QgZpP0QQ?lang=ja
Episode 3.
「わたしごっこ」
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オレンジ色に染まったソーダアイスがパキッと割れた。
『あたしの前では無理しなくていいよ。そういうの苦手だし』
夕暮れ時の帰り道。
あの子はぶっきらぼうに言いながら、アイスを差し出してくれた。
驚いてじっと見つめると、気恥ずかしそうに視線を逃す。
凛々しくて、落ち着いてて、かっこいい子。
たとえ世界中が敵だとしても、あの子さえ味方ならいい。
そう思えるくらいに、大切な存在だった。
『……これ、あんたにしか言ってないんだからね』
あの日、耳まで真っ赤にして教えてくれた、とっておきの秘密。
誰かに言うわけない。言えるわけなんかない。
この嬉しさを、裏切ることなんてできない。
——じゃあ、ずっと一緒だね!
そう言った時のあの子の表情は、一生忘れられないだろう。
友情は目に見えないと思う。
でも、あの子からの気持ちだけは目に見えた気がした。
昼休み。
行き場がなくて、トイレに逃げ込む。
窒息しそうな学校で唯一息ができる、私が好きな場所。
古びた木の扉が軋む。誰かが入ってきたらしい。
「そうそう、いい加減しんどいって言うかさ」
あの子の声だった。
「なんか友達いなそうだしさ、ちょっと絡んでやったの。そしたらベタベタくっついてくるわけ。引き離すのも感じ悪いじゃん? だから適当に相手してやってるんだけど」
「え、親友になってあげたら?」
「無理無理、あんなめんどくさいの。あんたに譲るよ」
「無理無理無理! 引き続き、お世話役をお願いしまーす」
人を馬鹿にした笑い声を垂れ流して、ふたりはどこかに行ってしまった。
その余韻が、まだ、心臓をぎゅっと鷲掴みにする。
火照った顔をくしゃくしゃにして、スマホを取り出す。
“仕方なく”入れてもらったグループラインを開き、テキストボックスにあの“秘密”を打ち込んだ。
指先が震える。呼吸を整えて、送信ボタンを——、
『あんたにしか言ってないんだからね』
思い出して、だらりと腕が下がった。
鼻の奥がつんとする。
唇を噛み締めて、削除ボタンを連打した。
ボタンをひとつ押すたびに、歯が食い込んで痛かった。
涙が頬を伝うのは、きっとそのせいだろう。
奇しくも、あの日と同じような夕暮れだった。
あの子は目元の腫れにも気づかずに、「一緒に帰ろ」って誘ってくれた。
私なんかに断る権利はなかった。
「夏も終わりだね。今年はなんもできなかったし、来年はもっと遊ぼうよ」
私を詰ったその口で、わたしとの友情を語る。
その演技が滑稽で、彼女を許せなくて、悲しみが広がって、私は黙り込んでしまった。
「どしたの? なんかあった?」
カッと胸が熱くなった。
その間抜け面に言ってやりたい。
「全部聞いてたよ」って。
このドロドロした気持ちを全部ぶつけてやりたい。
やっぱりあの秘密もバラしてやりたい。
ひとりになったって構うもんか。もともと独りだったんだ。
全部、最初から友達ごっこだったんだから。
好きな気持ちと嫌いな気持ち。
愛憎入り混じって、ぐちゃぐちゃする感情。
結局私は、あの子をじっと見つめることしかできなかった。
「あたしたち、ずっと一緒でしょ?」
ニカッと笑って、片割れのアイスを差し出された。
これは、罠だ。
甘くて、小狡くて、残酷な罠だ。
そんなこと知ってるのに、わかってるのに、でも手が伸びてしまう。
同時にふたつは持てない。
片方が欲しいなら、もう片方は捨てなきゃ。
だからわたしは、私を手放した。
——ううん、ちょっと疲れてただけ!
きっと“わたし”なら、こうやって誤魔化すよね。
ああ、そっか。
だから、やっと、笑えたんだね。
これからは、わたしごっこだ。
口に含んだアイスはいつもよりしょっぱく感じた。
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vocal…葉露
music…biz & 雪月
illustration…なかば
story…潜
movie…真霜
《Youtube》
https://youtu.be/aNhMMQKVL24
《Spotifyなど各種配信サイト》
https://linkco.re/QgZpP0QQ?lang=ja